スーザン・ソンタグ・インタビュー(1)、シュピーゲル、2003年3月1日
【問】ソンタグさん、ブッシュ大統領はサダム・フセインに対して戦争をしかけ
る決意を固めたようですね。あなたはまだそこまではならないだろうとお考えで
すか。
【答】わたしは戦争をとめられるとは思いません。フセインが追い出されたり、
殺されたり、あるいは亡命したりしても、アメリカはイラクを占領する決意を固
めているのです。近東に新しい秩序を作り出すことを望んでいるのです。
【問】ヨーロッパには、この戦争には強固に反対する人々がいます。世論調査を
信じる限り、アメリカ国民の態度もますますまちまちになっているようですね。
【答】しかしアメリカ政府のレトリックには用心が必要です。ブッシュのいう
「われわれ」というのは、憲法の「われわれ」でも、国民の「われわれ」でもな
く、王のような「われわれ」なのです。ブッシュ大統領とその顧問たちが、アメ
リカ国民の大多数が戦争を拒否しているという証拠をつきつけられたとしても、
次のように答えるでしょう。「指導するのがわれわれの使命です」。政府の外交
政策は、民主主義的なプロセスを踏んでいません。危険な政策に身を投じたので
す。
【問】ブッシュ大統領は、以前から計画していたイラク侵攻を進めるために、9
月11日の攻撃を口実にしていると思いますか。
【答】ジャーナリストのボブ・ウッドワードは近著の『戦争に向かうブッシュ』
で、ラムズフェルド国防長官が2001年9月21日の時点で、最初にイラクを、次に
アフガニスタンを攻撃する案を唱えていたことを指摘しています。わたしは9月11
日の出来事は、侵攻のための足場のようなものになったと思います。ブッシュ政
権はただちに、これからはなんでも可能になることを理解したのです。軍事的な
拡張を自国の防衛として正当化する外交政策が可能なのだと。
【問】ヨーロッパでは9月11日以降は、アメリカの戦争の論理が批判的に判断さ
れるようになるとは考えられなくなりました。アメリカとヨーロッパの溝が深ま
ったのでしょうか。
【答】はい、溝はますます深くなっています。アメリカは西欧社会からますます
離れています。そしてもちろんヨーロッパも変わってきました。戦争をめぐる争
いは、氷山の一角にすぎません。ヨーロッパの政治的および道徳的な文化をアメ
リカの文化から隔てるかなり根本的な態度の違いがあるのです。まず死刑に対す
る考え方の違いがあります。アメリカは死刑に反対するヨーロッパの考え方を、
まだ本当の意味で理解していないのです。ヨーロッパ人が「われわれは犯罪者を
処罰するが、すぐに殺そうとは思わないのだ」と語っても、アメリカ人はこれを
言い逃れのように感じるのです。第二にヨーロッパ人は、特定の事例においては、
自国の主権を放棄すべき緊急な事態というものがあると考えています。
【問】通貨のような事例ですね。
【答】そうです。しかしアメリカでは、欧州連合のような上位の審級に、自国の
主権を放棄することは、文字通り「考えられない」ことなのです。第三に、ヨー
ロッパは脱宗教化していますが、アメリカのほとんどすべての人々が、神を信じ
ています。アメリカは多くの側面で、無秩序な国です。ブッシュの対極化させる
ような言葉が、アメリカで広く受け入れられているのは、そのためでしょう。ア
メリカとヨーロッパの文化的な溝は、グランド・キャニオンのように巨大なもの
になっているのです。
【問】アメリカの一国中心主義の背後には、自国の主権を放棄する用意がないと
いうことが隠れているのでしょうか。京都議定書や国際刑事裁判所への抵抗はそ
の一例ですが。
【答】もちろんです。ブッシュ・ジュニアはそれにかんしては、まったく論理的
に行動しています。自国の利益を追及することを妨げる可能性があるような条約
に、なぜ署名しなければならないのでしょうか。原則として、アメリカはいかな
る条約にも拘束されたくないのです。
【問】ところがアメリカは、イラク攻撃の支援を求めて、国連に赴きました。
【答】アメリカが国連に赴いたのは、3月以前に戦争を初めたくなかったからで
す。国連での協議は、時間を稼ぐ手段でした。兵隊と軍事物資を運び込んで、侵
攻の準備を完了するまで、数か月の時間を必要としていたのです。しかしアメリ
カは国連決議なしでも行動するでしょう。決議が得られなければ、国連はブッシ
ュの言葉では「かかわりがない」のです。
【問】戦争はどう思われますか。あなたは平和主義者ですか。
【答】最近、知人たちと同じように、わたしもニューヨークで反戦デモに参加し
ました。でも平和主義者ではありません。すべての戦争に反対するわけではない
のです。
【問】コソボとボスニアのミロセヴィッチへの戦争は正当だと判断されたのでし
たね。
【答】はい、忌まわしい殺人に対するNATOの介入は、正当なものでした。少
なくともボスニアでは戦争を終わらせるための最小限の介入ですみましたし、そ
れにすでに二年前のことです。それに爆撃でも、それほど多くの犠牲者は出なか
ったと思います。コソボでは残念なことに、はるかに多くの人が犠牲になりまし
たが。
【問】ではイラクへの戦争のどこに、これほど強く反対されるのですか。
【答】反戦という姿勢には複雑なものがあることを理解すべきです。まずフセイ
ンは、限りのない悪意を秘めた独裁者であることを、基本的な確認する必要があ
ります。無数の人々の死の責任があります。わたしたちが反対しているイラク侵
攻は、イラク国民の多数から歓迎されるでしょう。わたしたちはそのことを忘れ
てはなりません。それだけにわたしたちの反対は困難なものになるのです。
【問】それではなぜこの戦争に反対なのですか。
【答】都市を爆撃するよりも、もっと別の方法があるからです。ホワイトハウス
は、ともかくイラクを占領したいので、戦争を始めるのです。
【問】アメリカはベトナム戦争以来、正義なき闘いという亡霊にとり憑かれてき
ました。今回はこの亡霊が姿を消したのはなぜでしょうか。
【答】それはアメリカにはもはや二つの政党がなくなったからです。共和党らし
き二つの政党があるだけです。共和党の末端が、民主党と名のっているだけです。
今のアメリカには真面目に受け取るに値する野党というものがありません。国民
の間には対立はありますが、それが政治プロセスには現れてこないのです。1960
年代と1970年代には、政治的な野党が存在し、政治的な議論が行われていました。
現在ではこれは姿を消したのです。
【問】9月11日の直後にあなたが発表したコメントには、猛烈な批判が集まり、
殺人の脅しまあったほどでした。あなたは「オサマ・ビン・ソンダク」と呼ばれ
たほどでした。
【答】9月11日の後のモットーは、「われわれは一体になっている」というもの
でした。わたしにとってはそれは「愛国主義者であれ、なにも考えるな。お前は言われた
ことをしていればいいのだ」ということを意味していました。
【問】9月11日にはあなたはニューヨークではなく、ベルリンに滞在しておられ
ました。そのことがなにか影響したでしょうか。
【答】そうだと思います。あの文章を書いたときには、テレビをみていて、攻撃
についての報道で使われていたアメリカの卓越と無敵さを誇るイデオロギーに、
反応したのだと思います。
【問】9月11日から始まっているこの衝突について、今の時点でどう思われます
か。これは文明の衝突なのでしょうか。
【答】わたしはそうは思いません。でも近代のプロジェクトと価値をめぐる衝突
ではあります。しかしわたしは人類の半ばを占める女性という集団の一員でもあ
ります。過激なイスラーム教徒は、女性を虐待します。わたしが生きている文化
では、女性は男性と同じように暮らせる可能性があります。そして過激なイスラー
ム教徒は、女性にこの可能性を拒んでいるのです。ですから倫理的な理由からも、
この宗教に反対しています。ただし、あらゆる原理主義は、女性にとって望まし
くないものであることを付け加えておきたいと思います。
【問】アメリカ政府も同じような論拠から、近東に新しい秩序を構築すべきだと
結論しているはずですが。
【答】しかしアメリカ政府は民主主義的でしょうか。この戦争に反対する重要な
論拠として、戦争は現状をさらに悪化させるだけだということがあげられます。
ほとんど取り返しのつかない結果が生まれるでしょう。テロはますます多くなり、
暴力と破壊がますます横行するでしょう。それだけでなく、この地域の世俗的な
力が、ますます弱くなるでしょう。
【問】イラクもある意味では、世俗的な力にくみしているのですが。
【答】フセインは本物の怪物で、それは確認しておく必要があります。わたしは
フセインが追い出されたら、うれしいと思うでしょう。ただフセインにも良いと
ころがあるとすれば、それは彼が世俗的な怪物だということです。長期的にみる
と、フセインを退位させると、原理主義的な政府が生まれる可能性があります。
過激なイスラーム教は、世界のいたるところに共鳴者をもっています。イスラー
ム原理主義は、アメリカに勝利することはできないでしょう。しかし多数の死者
をもたらす力はあるのです。
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哲学クロニクル
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