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yamauchinamu

news / data:2004/02/24 (Tue)

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2004/02/24 (Tue)

結構ぼーっと以下の記事書いていたんだけど、想像以上に誤字が多くて修正したりした。

宮本茂氏が金沢市で「名人賞」を受賞!
そういえば僕が高校生の頃、美大専門の進学クラスを専攻していて(そのクラスは金沢美大の低迷と地元技術者育成で多分出来た。僕で5期生の割と新設校)、先輩の金沢美大生でも聞いた話、ここ20-30年金沢美大を卒業して名のある人になったのは鴨居玲とか言っていてそれ以来誰か出てる?出てない?と誰かが話題にしていた気が、、、僕は「宮本茂も」って思うモノのの確か、美術系で宮本茂の話をする人はどのくらいいたのかわからない気はしたので、話題もした覚えないけど、宮本茂ってやっぱり凄いよなぁって昔も今も思う。

鴨居令は当時はよく見て単純に陰影描写がカッコイイとは思ってはいたものの(中村つねとか、ロートレックとか筆の裁きがカッコイイものが当時好きだった)、今思うと結構、テクだけクールベみたいにもってきたとも思え無くない、勿論当時はクールベを把握してないけど、鴨居令はクールベの模写みたい作品書いてるしね(これこれ)。

やっぱりクールベって眠っている人が多いなぁ
http://cgfa.sunsite.dk/courbet/p-courbet13.htm
http://cgfa.sunsite.dk/courbet/p-courbet9.htm
http://cgfa.sunsite.dk/courbet/p-courbet25.htm
あとこのチラシのやつとか

ピラネージ画像データベース Opere di Giovanni Battista Piranesi
あとでちゃんと見よう。ある意味getwildなんだけど、僕がなんでそう思うか、わかる人は「あぁ考古学」って思って頂ければ幸いだけど、ピンと来ない人には意味不明かも?!説明書くのは今は面倒だけど。(かけよ<俺)
ピラネージュはかつて栄華を築いた、イタリアローマの建築物の遺跡を訪ねて、建物の破片を見て栄華したころの、建築物を想像して描き上げた版画家で建築家です。
僕も、何か資料を元に磯崎新のパラディアム(NYCの90年頃栄華した大型ゲイクラブ・ディスコ)とかWTCの絵でも描いてみるか?(w。
このサイト何処かなっておもったら東大表象なーるへそ。

DJ Dangermouse - The Grey Album download
ビートルズとjay-zのマッシュアップ。名前が"Grey Album"
もうマッシュアップものは誰がやろうと、ビートルズ使うと真打ちって感じがしますね。


森美術館で、なにやら草間弥生とか、若めのアーティストの展覧会がやってるみたいで、実は最近、毎日六本木に行ってるのだけど、行く気になれない理由は疲れそう、六本木ヒルズに入ると精気が抜けるなどで、正直なとこ、六本木ヒルズよりかは麻布十番の方は気になるココロ。
しかし、企業がアートを売りにすること自体僕は良いことだと思うけど、やり方がイマイチ、ピンとこない。なんか「アートって海外では凄いんですよ」とか「アートお前らに教えてやるわ」って態度が、どうもね?!
六本木ヒルズは「六本木城」とか「森城」とかいわれますが、そこで、お城の出てくる物語、うーん例えば志村けんの「バカ殿様」とか「あんみつ姫」とか思い出す。
「バカ殿様」って何か森ビル想像するんですね、視線がお城の中の世界からみると楽しいけど、城外からその様子を見ると、殿様けしからん!ってことになる。かたや、「あんみつ姫」ってのは、町中に気がついたらいたアイツが、実は凄い人だったって「水戸黄門」もそう、ある別々のパラダイムの世界を容易に行き来する存在が、理想的なアーティストにも求められていることなのでしょうね。森ビル美術館の今後の予定を知らないけど、「バカ殿様」っぽいスタンスで続いて行くのかしらんねー?

っていいつつも、最近いってる仕事が、そこ関連で、なんか、僕もお金がなくて、向こうも人手が無くて、雇われてはいるが、本当に上手くやってけるか?!心配は毎日続いています。後々上の人が使えるなってことになって、何かその会社で責任負って何かする日が来たとしたら、そういう問題と僕自身の思うことと、ぶつかるんだろうな。

hatena.ne.jp/twisted/男子負け組の幸せってなんだろうなー。
なんだか、僕が乱暴に書いてたコメントにレスが、ついつい僕もついなれてしまったウェブの文体があって、「」付き、リンク付き、なになに系と、当てはめた言葉を指しながら、何か書いても何も書いてなかったってことになりがち、あの僕のコメントに何かしら続きがあるとしたら、着地点をパッと決めて到着出来る力を備えよってことなんでしょうね。何処?

話題がずれるけど、ニーチェのことを芥川が書いた話読んでいて、僕は、芥川は名前しか知らないし、ニーチェは「この人を見よ」を半分読んで思考停止。
それでも何となく思うのは、青木繁で、1882−1911の地方の人にしては、多分、油絵って媒体自体、10年ぐらい前のマッキントッシュのように使うだけでクールな媒体だったんでしょうね。青木繁という人は人の作品でどんなモノに感銘を受けてどう制作したかイマイチわからないけど、(頑固な正確とか、白樺派とか都会ッ子には負けないとか、色々あったでしょうね)やってること見ると、美術史上では100年遅れの新古典主義って、とこでしょうね、ヨーロッパの奴らがルネサンスやギリシャの復古なら、俺は、日本武尊や古事記をテーマに!ってどうせ当時は海外の傾向なら100年前でも全然時代遅れ感も無かった気はする。で、どうせ、青木繁もお登りさんで流行モン好きってのは想像が容易な訳だし、しかし青木繁も江戸とかも、もうちょっと違う見え方をしたきがするけど。。。当時の画壇のムードをなんとなく青木繁を見ると想像しやすい気はします。

そんな青木と大学の同級生の熊谷守一は、やってることはさほどマチスと変わらないのに、当時の画壇とずれた画風とか風貌で未だに、「仙人」画家っていわれる下りって本当に酷いけど。今も昔も美術を取り巻く世界と人って多少世代交代あっても変わらないなぁと思った。嫌いだけどね、そういうの。









  
Up, Up and Away